留学とは、雅子様のようにお金持ちで頭のよい人がするものだと思っていた。英語がペラペラだから留学し、さらに磨きをかけて留学後は外務省や外資系企業に入り、英語を使う仕事をするのだと思っていた。英語が得意でない一般庶民の自分には無縁の世界だと思っていた。
同じように思っている人も多いだろう。パースに来る前、「すごいねー、海外で勉強なんて。英語すごくできるんだね」と、尊敬のまなざしで言われたことも度々あった。そんなとき、いつも返事に困った。「え? 何がすごいの? やりたいことやるだけだけど・・・」「英語? そんなにできるわけないじゃない・・・」と引きつる笑いの裏で思っていた。周囲の人たちのイメージは、かなりすばらしいものに膨らんでいた。私は「ちょっと英語しゃべってみて!」と言われないかドキドキしていた・・・。
TAFEに入る時、「留学」という意識は全くなかった。とにかく外国に行きたかったので、TAFEはそのための手段のひとつだった。私の英語力は、入学前IELTS5.5で、TAFEが要求する入学許可レベルぎりぎりの点数だった。これは、ペラペラの「ぺ」の字があるかどうかというレベルだ・・・。
振り返ってみると、留学とは、思っていたよりも気楽にできるものだった。確かにお金はある程度必要だし、英語力もそれなりにいる。でも、お金持ちの必要はないし、英語だってペラペラの必要はない。ペラペラだから留学する人よりも、私のようにペラペラになりたいから留学してくる人の方がはるかに多いと思う。
TAFEで保育を勉強して資格を取ったところで、オーストラリアで保育士になろうと思ったわけではないし、その資格を日本で使うことはできないだろうと思っていた。それでもTAFEに来た。いくつもの課題をこなし、やっともらったCertificateは一生使わないかもしれない。でも、「あー、1年間楽しかった!」こう思えただけでも私には有意義な時間だった。資格は使わなくても、学んだ知識や経験は、自分の血となり肉となり、いつかどこかで役に立つと思っている。べつに看護を勉強した人が看護師にならなければいけないなんてことはない。何事も経験。何事も勉強。人生、無駄なことなどひとつもない。留学の目的は何だったか? ひとつの経験。やりたいと思ったことをしたまでだ。
たとえ人生200年生きられたとしても、やりたいこと全部できるわけでもないと思う。だったら、今やりたいこと、少しでもやってみたい。1年、いや数ヶ月先の自分がどこで何をしているのか予測できない状況だけれど、そんな私の人生、結構おもしろいと思う。(やっぱり自己満足)