HOMEご案内資格FAQ体験談生活BBSリンク略語集ひまわりMAIL

ホステル・ボランティア体験談


by  竹内晶子さん


プロフィール

1975年千葉県生まれ。1995年看護専門学校卒。1995年から約4年間、外科・泌尿器科病棟に勤務した後、退職。2000年、観光ビザにて3ヶ月間オーストラリアに滞在し、2001年4月に、ワーキングホリデーにて再度渡豪する。同年10月、サウスパースにあるリタイアメントビレッジ内のホステルにてボランティア活動を行う。今年4月、日本へ帰国。






2000年、それまで勤めていた病院を辞め、語学の勉強と気分転換を兼ねて、初めてパースを訪れました。3ヶ月の滞在で、パースの人の温かさに触れ、オーストラリアの大自然に感動し、言葉では言い表せない“何か”を私は、たくさん与えられました。

次は、私も何か人の役に立てるようなことがしたいと思い、2001年、ワーキングホリデービザを取得してパースに戻ってきました。今回の滞在で、必ずやり遂げたいと思ったことは、老人福祉関係のボランティアでした。オーストラリアは、要介護高齢者への対策が、日本の現状と比較して、圧倒的に手厚いと聞き、実際に自分の目で見てみたいと思ったのが2度目の渡豪のきっかけになったのです。

ですが、再びオーストラリアに来たもの、私の語学力は簡単な挨拶ができる程度で、これではボランティアをしても何の役にも立ちません。そこで、ワーキングホリデーの1年間、まず、はじめの3ヶ月は英語に慣れること、次の3ヶ月は一人旅に出て、自然を満喫すること、そして残りの6ヶ月を、ボランティア活動にあてようと決心しました。

旅行に出て、たくさんの人達とふれあい、今まで見たことのないすばらしい光景と出会った私は、気分を新たにしてボランティア活動に望みました。ウエスターン・オーストラリア州には、大きなボランティア団体*があるので、まずそこで、自分の希望を話し、いくつかの施設を選んでもらいました。私は、その中から、リタイアメント・ビレッジ内にあるホステルを選び、ボランティアを始めることになりました。




*Volunteering Western Australia : Ground Floor 79,
Stirling Street, Perth, WA 6000  Ph:(08)9220-0676
このボランティア団体には、600から700近くのボランティア受け入れ先のデータがあり、その中から、自分のやりたいことや興味のあるボランティア活動ができる施設を探してくれる。

オーストラリアの高齢者入居施設には、大きく分けてナーシングホームとホステルの二種類がある。ホステルは、原則的に、ある程度自立可能な高齢者で、一人暮らしが不安、または困難で、ある程度の生活支援と守られた環境で生活することを望む人々のための施設である。ナーシングホームは、身体機能が著しく低下し、重介護を必要とする人々の入居施設で、準寝たきり、寝たきり状態の高齢者が対象である。



ホステルには、それぞれ独自のアクティビティーがあります。私の行っていたホステルでは、週に1〜2回、ピアノ演奏に来る人がいて、それに合わせて歌を歌ったり、パターゴルフやビンゴゲームなどをします。他には、無料の図書館サービスや教会サービスもあり、施設にいながらでも十分に楽しめる工夫がされています。

また、月に一度はピクニックランチに出かけたり、男性の場合は、昼食時に近くのパブへビールを飲みに出かけることもあります。これらはすべて自由参加で、参加しない人は、自室で本を読んだり、散歩をしたり、家族と買い物に行くなど、思い思いに過ごされていました。




私の主な仕事は、「アロマセラピー・プログラム」という、このホステル独自のもので、個人個人に合わせて作られたアロマクリームを使って、手足のマッサージをすることです。対象は、足に軽い痛みのある人や、人との関わりが必要ではないかと判断された8〜9人の方でした。

私は、マッサージの知識などはなく、ただアロマセラピーに興味があっただけで始めたボランティアだったので、初めのうちは戸惑いましたが、施設のスタッフからマッサージの説明もあり、すこしずつやっていくうちに、個々のツボがわかるようになってきました。

しかし、オーストラリア滞在6ヶ月になっても、私の英語力は相手の話を聞き取るのがやっとの状態で、ましてや、高齢者の話す英語ともなるとほとんど聞き取れない状況でした。でも、相手は私が理解できるものと思い話してくる。また、言葉の壁にぶつかり、ホステルのスタッフに相談しました。「私の語学力では、なんと言ったらいいのかわからない。」と正直に話すと、「あなたは話さなくてもいいのよ。」との答え。「あなたの仕事は、彼女たちにリラックスする時間を提供しているの。もし彼女たちが話してきたら、『今は、リラックス時間です。静かに。』と言いなさい。」と言われ、ホッとしたような情けないような気分でした。

こんなコミュニケーションの状況でしたが、何度か通ううちに、彼女達のツボもわかるようになり、それプラス、静かな音楽をかけているために、彼女たちは眠くなってしまうのです。そして、最後の方には、話をしながら、というより、話を聞いてあげながら一緒に時間を過ごすことができるようになりました。

ホステルでボランティアを始めて、特に嬉しく思ったことは、名前を覚えてもらったことです。日本人の名前はとても難しいと言います。それでも覚えてくれて呼んでくれたこと。とても感激しました。そして、「Thank you は、日本語で何て言うの?」と聞かれ、「ありがとう」と教えてあげると、慣れない言葉遣いで「a.ri.ga.to.u」と言われたときには、うれしさで胸がいっぱいになりました。約5ヶ月のボランティア活動最終日には、集まったレジデントの皆さんが、私のために歌を歌ってくれました。一人一人のお顔を見ていたら、いろいろなことが思い出され、涙が出てしまいました。とても充実した5ヶ月間だったともいます。




オーストラリアは他民族の国で、様々な国籍の人がいます。このホステルでも、イギリス人、オーストラリア人、ドイツ人など、多国籍でした。私がこのホステルに来たときの第一印象は、「皆さん、元気」。平均年齢は80代くらいでしょうか。90代の方も何人かいらっしゃいました。そして、どなたもとてもおしゃれなんです。

女性も男性も、朝、必ず着替えます。女性は、きれいなワンピースにネックレスや指輪をつけ、パンプスを履きます。生足が主流のオーストラリアですが、ストッキングを履く方もいらっしゃいました。また、男性も、シャツにスラックスを履き、中には、ネクタイをされている方もいました。スエットの上下で過ごしている人は見たことがありませんでした。洋服の色遣いも、赤やピンク、黄色、オレンジ、明るい色が多かったです。そして、夜の寝間着ですが、私が見たレジデントの人達は、とてもおしゃれなパジャマです。かわいらしいネグリジェを着ている人もいました。年齢も80代から90代です。日本の同年齢の入院患者さんからは考えられません。話には、聞いていましたが、地味な格好をした人は本当に少ないと思いました。

次に食生活ですが、ホステルでは、朝・昼・夕と、施設で調理された食事が出されています。メニューは、それぞれ2種類から自分の好みのものを選べるようになっていました(ステーキやソーセージなどの温かいメインかサラダの盛り合わせ)。私はランチのお手伝いをしていましたが、どなたもスープ、メインディッシュ、デザートとしっかり召し上がります。その量も、日本の成人が食べる量と変わらず、それを全部召し上がります。これには、驚きました。日本の同年代の方が食べる量の倍はあると思いました。そして、私が第一印象で感じた元気の源は、この食事、食欲にあったと言ってもいいくらいです。

このように、レジデントの方の生活を目の当たりにして感じたことは、皆さんが自立していることです。高齢になると、どうしても人に頼ってしまったり、周囲が手を貸しすぎるといったことがありますが、この施設の方を見ていても、子供に頼るということがあまり見受けられません。コンタクトを取らないのではなく、お互いがお互いの生活を尊重し、何事においてもご自分の考えをしっかりもっていらっしゃるのです。

とても素晴らしいことだと感じました。高齢化社会が進んでいる中、高齢者の方が肩身の狭い思いをしていると聞くと、人一人の人権が失われてしまっているのではないかと思ってしまいます。高齢になっても、しっかりと自分の考えや思いが言え、一人の自立した人として尊重してもらえる社会を作っていかなければならないと、このオーストラリアの明るい元気な高齢の方々を見て、改めて実感しました。




ホステルには、常勤のナースが2名いました。2人で40人のレジデントを看ています。その他に、ケアラー2名、洗濯・掃除担当に3名、そして、ボランティアが働いています。また、ホステルの責任者は、Registered Nurse でした。

ナースの仕事としては、食事前の配薬、軽いけがの応急処置、退院後のレジデントの処置・記録があります。基本的に、ホステルのレジデントは、ある程度自立可能な高齢者ですから、持病や病気が悪化した場合には、病院またはナーシングホームへ移行する形になっています。

このホステルで働いているナースを見ていて、日本と大きく異なっていると感じた点は、休暇です。日本のナースは、忙しさから長期の休暇を取ることは非常に難しいのですが、このホステルのナースは、4週間のクリスマス休暇を取りました。残ったのは、責任者とボランティア、そして、洗濯・掃除担当者でした。そのナースがいない間の4週間は、すべてエージェントから送られてくる派遣ナースで補っているのです。ホステルのスタッフの人数が限られているため、誰かが休む時には、派遣ナースが来ることになっていたようです。

日本の現状では、同じように4週間の休暇を取るのは無理としても、もう少し、ゆとりのある勤務体制にならないものかと感じました。




今回、語学のできない私が、異国でボランティアをしようと決心して、再度オーストラリアにやってきました。ちょっと無謀とも思える計画でしたが、それでも勇気を出して飛び込み、ボランティアを経験して実感したことは、言葉ではなく行動力。意志を強く持って何かをやってみること、そうすれば、なんとか道が開けるということです。

そして、ボランティア活動は、している自分自身が楽しくなければ続きません。それがあれば、自分が相手に何かをしてあげたいという思いは、その関わりの中で、言葉を超えて相手に必ず伝わるということを体験できました。

私は、以前から、高齢者の福祉に興味があったので、日本に帰ってからは、老人福祉施設で働くことも考えています。その時には、今回、このホステルで経験した高齢者の方の生活スタイルや看護ケアを役立て、さらによりよいケアを実践していくと同時に、高齢者の方が住み良い社会を考えていきたいと思います。





                                                                    




HOMEご案内資格FAQ体験談生活BBSリンク略語集ひまわりMAIL