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2002年から約4年間に渡って、オーストラリアの医療・看護情報を
翻訳してくださったミューズさんの記事の中から、ミューズさんご自身の
体験談と、興味深い記事を選んでこちらに保存致します。
2006年5月27日

【ミューズさんのプロフィール】

2003年12月27日 ナーシングホームのクリスマス
2005年03月02日 看護師不足の原因の一つは、、、
2005年07月05日 久しぶりの更新
2005年07月10日 給料値上げ交渉中
2005年07月17日 看護師数の増加について
2005年07月28日 英語について
2005年08月26日 もしも、、、
2005年11月13日 西オーストラリア州の寿命について
2005年11月29日 看護師の離脱者を防ぐ為に
2006年01月11日 良薬は口に苦し
2006年01月26日 大学で看護を学ぶために
2006年04月01日 実習生について
2006年05月15日 長い間ありがとうございました
      附記:2002年11月22日 コテージホスピスについて
+++豪州留学情報決定版+++

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...... 2003年12月27日 の日記 ...... 【ナーシングホームのクリスマス】

今回はナーシングホームで初めてのクリスマスを体験したのでそれについての話しです。

クリスマスの約1か月前からクリスマスツリーが飾られたり、サンタクロースのシールが窓に張られたり、患者さんの部屋のドアにも様々な飾り付けがされます。

また、患者さんは家族や友人等からもらったクリスマスカードを自分のベッドサイドに飾るので、部屋の中はいつもより花やかになります。そして、患者さんの家族によって特別にクリスマスのデコレーションをされた所もありました。

クリスマスイベントのとしては、プレゼントとコンサートが患者さんに用意されていました。

プレゼントは、スタッフはそれぞれ患者さんを選び、その人へのプレゼント(5ドル程度のもの)を用意します。プレゼントの内容は実用的なものが多かったです。例えば、良い香りのするベビーパウダーやボディーローション、髪を結ぶゴムなどです。これらの物は、スタッフが普段ケアをしている時に、あったら良いのになぁ、と思っている物を患者さんのプレゼントにしている感じでした。

メインイベントのコンサートはやや太めのサンタクロース風の衣装を着た(ビキニスタイルでした。)おばさんが歌を歌ったり話しする、というないようでした。患者さん達はとても楽しんでいる様子でした。初めてこのようなコンサートを見た私は、何だかおばさんのパワーに圧倒されてしまい、一緒に歌ったり、ダンスするまでにはいたりませんでした。

一番印象に残っているのは、患者さん達のたくさんの笑顔でした。クリスマスの2〜3日前位から、面会者が多くなり、外泊や外出をする患者さんが多くなりました。普段はあまり面会に来ていない家族の方の面会も多く、久しぶりに家族と時間を過ごしている患者さんが沢山いたようです。普段はほとんど無表情で、話しかけても反応がないような患者さんが家族の面会時には嬉しそうに、一生懸命お話しして、表情が活き活きして見えました。やっぱり、家族が一番大切!と改めて思いました。

そして、クリスマス時期には患者さんの家族の方からスタッフへのプレゼントとして沢山のチョコレート、クッキー、あめ等をもらっていました。それらのプレゼントはスタッフがよく行き来するナースステーション前に誰もが食べられるように置いてあるので、仕事中でも暇があるとお菓子をつまんでいる人、口をモグモグさせながら仕事をしている人、をよく見かけました。仕事中に物を食べるなんて!とこれには最初、ビックリしましたが、今では見なれました。

他にもいろいろとありましたが、印象に残った物をあげてみました。
みなさんのクリスマスはどうでしたか?


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...... 2005年03月02日 の日記 ......看護師不足の原因の一つは、、、】

医療従事者の危機的な不足にも関わらず、大学の看護学部は入学条件を満たす何百人もの学生に対し入学の許可を与えることができません。

このような事態に対し、近い将来、多くの看護師が定年退職した後の労働力不足を警告しました。

ビクトリア州のある大学では100人の定員に対し2000人が願書を提出しました。そのうちの600人は大学が示す入学条件よりも高い成績を納めているにも関わらず入学する事ができませんでした。

去年、政府は新に新入生定員の増加や看護師が専門的な教育を受ける機会、また看護学生ための教員の教育の機会の増設をしました。

しかし、大学の関係者は政府の対策は不十分であるとしています。政府は健康科学の分野に対し更なる投資が必要であると、大学側は訴えています。(The Australian)



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...... 2005年07月05日 の日記 ......久しぶりの更新】

なんだかいろいろと忙しく更新が滞っていましたが、また、マイペースに日記を始めます。

ここ最近、2人の日本人の女性が私の働いているナーシングホームで働いています。
2人もワーキングホリディでパースに滞在していて、看護師さんです。約2年間、同じナーシングホームで働いていますが、日本人の方と働くのは始めてで不思議な感じもしますが、非常に嬉しいです。
その方達と働いて感じたのは、とても積極的に行動しているということ。英語というハンデがあっても、とにかく履歴書を持って職を探し、スタッフや老人とコミュニケーションをしています。
私がワーキングホリディの時にはそんな勇気はなかったので、その積極性につくづく感心しています。
私も、そんな彼女たちを見習って、どんどんといろんな事にチャレンジしなければ、と思うこの頃です。



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...... 2005年07月10日 の日記 ...... 【給料値上げ交渉中】

過去の数か月間、アシスタントナースの為の労働組合と私の働いているナーシングホームは給料値上げの話し合いをしています。
うちのナーシングホームは他のナーシングホームに比べて自給が1ドル程安いので、その格差をなくそうとしています。
ちなみに、私の自給はスーパーのレジ係の人よりも低いそうです。
現在の所、ナーシングホーム側は給料を値上げするなら年休を減らす、と条件を出しているようです。
労働組合側は何の条件もなしに給料を上げるようさらに交渉をしているようです。
私の周りのほとんどの同僚達は年休を減らされるぐらいなら、給料はそのままで良いと言っています。
私としては、仕事内容や量からしてもう少し時給を上げて欲しいと言うのが本音です。



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...... 2005年07月17日 の日記 ...... 【看護師数の増加について】

政府の調査によると看護師を職業に選ぶ人が増加しているそうです。

2001〜2003年の間に新に加わった看護師または助産師の数は5%(約273、000人)増加しています。もし、今後もこの増加が続くようなら、看護師・助産師不足に歯止めがかかると予想されます。
さらに、フルタイムで働く看護師も増加も見られています。それに伴ない、2003年にはパートタイムで働く看護師の割合は過去6年間で最低の数を示しています。

また、2001〜2003年間に西オーストラリア州を除く全てのオーストラリア各州における雇用されている看護師の数は増加しています。しかし、同時期に必要とされる看護師数も増加しています。

現在雇用されている看護師の問題の一つは高年齢化です。看護師の平均年齢は1997年40、3歳から2003年43、1歳と確実に高年齢化が進んでいます。また、2003年には約46%の看護師が45歳以上でした。(ABC News)



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...... 2005年07月28日 の日記 ...... 【英語について】

最近、IELTSでコンバージョンコースに行くのに十分なスコアがとれたので、今までの英語と勉強についてをまとめてみます。

2000年にワーキングホリデイでパースに来た時、英語で挨拶程度はできたものの、英語の実力はほぼゼロでした。そして、始めの3か月間、英語の学校に行きましたが、ほとんど勉強する事なくいつも日本語で話していました。それは1年後には日本に帰るつもりでしたので、真剣に勉強する気もなく、生活に最低限必要な英語を習得する事を目標にしていたからです。

ところが、ナーシングホームでボランティア開始後、もっといろんな事をレジデントの方と話したいと思うようになり、英語の個人レッスンを週3回受け始めました。その時、こちらに来てから8か月程たっていました。また、それからしばらくして夫に出会い、英語で話す機会が多くなりました。

ワーキングホリディ終了後はさらに個人レッスンを半年間続けました。私は人前で英語を話すのが恥ずかしく、また、自分のペースで勉強したかったので、
あえて普通の英語学校には通いませんでした。

さらに、多くの映画(簡単なもの内容のもの例えばディズニーのアニメ)、テレビを見て、辞書片手に夫とよく話しました。

パースに来て約1年半後、日本食の店で働き始めオーストラリア人の英語に触れる機会が増えました。その後、しばらくして個人レッスンは止めましたが、その頃、この日記を始めました。この日記を書くために、多くの新聞記事を読み、ボキャブラリーを増やす事ができました。

2003年半ばナーシングホームで働き始めました。
夫との日常会話にはほとんど支障なく過ごし、テレビなどの内容もある程度理解できるようになっていましたが、職場での英語には非常に苦労しました。同僚やレジデントがなにを話しているか自信を持って理解できるようになるまで約1年程かかりました。

2003年の終わり、初めてIELTSのアカデミックを受けましたがライティングの結果が悪く、2004年半ばより再び英語の個人レッスンを受け始めました。
レッスンでは週1回、事前にIELTSライティングの練習問題を行い、それを先生と一緒に見直しをしました。

2005年初めに受けたIELTSでは十分なスコアがとれませんでしたが、7月になんとかパスしました。

基本的にライティング以外はIELTSの対策はほとんど行いませんでした。最初の個人レッスンの先生から基礎ができていれば応用がきくので、まずは土台を固めろと言われていました。ですから、普段は職場での会話、映画・テレビ鑑賞、新聞・雑誌のチェック、文法のテキストを行い、試験の1週間程前にIELTS問題集を
行いました。

私は語学の習得が早い方ではなく、また、勉強する時間があったのでかなりゆっくりしたペースで勉強しました。途中で英語に対する興味を失いほとんど勉強しない時期もありましたが、最終的にIELTSをパスするまでに約5年かかっています。何をするにしてもそうですが、継続的に行うことの大切さを実感しています。


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...... 2005年08月26日 の日記 ...... 【もしも、、、

もしも、自分がナーシングホームに入らなければいけない状況になったら、、、、
ハッキリ言って、日本人の私には辛いだろう。

第一の理由は食事。朝はポリッジ(オートミール)、トースト、卵、フルーツ、オーレンジジュース、コーヒーまたは紅茶。昼、夜はローストされた肉や野菜、クリームソース付きの肉、フィッシュアンドチップス、スープなど。それに、毎日3回ティータイムには飲み物と一緒にサンドイッチ、ケーキ、クッキーなどがでる。
わたしはさほど日本食にこだわらないし、大抵、朝・昼はパンですます。でもやっぱり、週に何回かご飯を食べたい。それに、味付けがやっぱり一般的な日本人好みのものとは違う。実際、数少ないアジア系のレジデントは家族によく食事に差し入れをしてもらっている。

第2の理由はシャワー。他のナースシングホームのことは分からないけど、働いている所には浴槽がない。自由に動き回れないような状態になったら、たまにはシャワーよりも風呂にゆっくりと浸かりたい、と思う。

第3の理由は言葉。今でも英語で話すのはつらいのに、年を取ったり、体調が悪い時に英語を話すのは大変だろう。レジデントの中には英語を全く話さない痴呆症ではない人はコミュニケーションに苦労している。重要なことは英語が分かる家族を通じて伝えてもらうが、やはり難しい。

もし、私がパースで年をとって行くとしたら、日本人専用のナーシングホーム、もしくはケアサービスがあったら安心だなぁ、と思う。パースの日本人が年々増えているので、このような施設も数年後には必要になるにではないか、と思う。

最近、一緒に働いている日本人の子とこんな話をしました。みなさんはどう考えますか?



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...... 2005年11月13日 の日記 ......西オーストラリア州の寿命について

西オーストラリアに住むオーストラリア人は他州に住むオーストラリア人に比べ健康で寿命が長いことが分かりました。

2003年に生まれた男子の寿命は78、1歳、女子は83歳と予想されています。ちなみに、現在の平均寿命は男子77、8歳、女子82、8歳です。

国が行なった調査によると、西オーストラリア州に住む人々の喫煙率は低く、食生活においては5年前に比べ野菜の摂取率が増加しています。また、他の州に比べ脳梗塞の発生率が低く、骨粗鬆症や心筋梗塞後の死亡率も過去10年で低下しています。さらに、33%はスポーツまたは何かしらの運動を行なっています。

しかし、アルコールの過剰摂取と非合法ドラッグ使用の割合は高く、オーストラリアにある6つの州の中で2番目に高い数値を示しています。

今回の調査の結果に対し、州政府は今後の健康を維持・改善して行く為の要点を確認することができたとしています。(Western Australia)



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...... 2005年11月29日 の日記 ...... 【看護師の離脱者を防ぐ為に

南オーストラリア大学の看護師と助産師のコースでは看護師らの職場離れを止めさせる為の努力をしています。

南オーストラリア大学は過去3年間において毎年約160人の生徒を受け入れ、経験豊富な臨床医が教鞭を執っています。

質の高い授業と学ぶ為の環境を提供することで、卒業生に今日と未来の医療制度の相違に備える機会を与えることが重要な課題であると、学長は考えています。

授業では多くの困難な課題をあたえられますが、それらは学生にとって魅力的で刺激的です。

大学は医療業界が必要とするナースを養成するため、順応性のあり、革新的なカリキュラムを発展させる努力を続けています。今後は高齢化社会、多発している循環器疾患に対する対策、看護の強化に対応するカリキュラムを考えているそうです。(THE AUSRALIAN)



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...... 2006年01月11日 の日記 ...... 【良薬は口に苦し】

ステロイドの内服経験したことのある人はいるでしょうか?副作用の問題はありますがいろいろな症状に効く万能薬。つい最近、わたしはステロイドを内服する機会がありました。

先週の中頃、私は突然の耐え難い全身のかゆみ、腫れに襲われました。そのうち治まるだろうと思い一晩放っておいたら、良くなるどころか悪くなり、かゆみで何もできない程だったので仕方なく医者に行きました。

原因不明のアレルギー症状ということで、血液検査をし、すぐにステロイドの内服を開始しました。
この薬、本当にすごいです。内服後、1〜2時間もたつと今までの症状はほとんどなくなり、かゆみ一色の世界から解放されました。しかし、問題はその苦味でした。普通の薬を飲む時と同様に舌の上に薬を乗せたら、何ともいえないスゴイ苦味に襲われました。

そう言えば、日本で看護師として働いていた時、患者さんがステロイドの苦味に耐えられず、オブラートに筒んで内服していたことを思い出しました。

まあ、これを思い出した時はすでに遅く、私は多量のチョコレートを食べてそれを乗り越えることに成功しました。何にでも言えることだとは思いますが、すべてが素晴らしいことばかりなんて、なかなかありえませんね。

そして血液検査の結果、私は非常に敏感な猫アレルギーでした。症状がでた日、私はレジデントの猫をなでたのが今回の原因のようです。今まで何度も猫に触っても、全く問題はなかったのですけどね。
人間のからだって、急に変わるものですね。


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...... 2006年01月26日 の日記 ......大学で看護を学ぶために】

去年、Year12(日本の高校3年生)の生徒22人はTEE(Tertiary Entrance Examination 大学に進学する為の学力を評価する試験)を受けずに大学へ進学しました。

この制度は西オーストラリア州独特のもので、Year11,12の生徒が学校での勉強に平行して、病院で看護の訓練も行なった場合に適応されます。

ある生徒は長期休暇中に病院やナーシングホームで約130時間にわたるボランティア活動をし、さらに応急手当資格認定証を取得しました。もちろん、その間学校の勉強もある程度の成績を維持する努力が必要です。

この制度の目的は、大学生が病院実習にて看護の現実を知り、それに対応できずに止めていく学生数を減らすためです。

この制度は2年前に開始され、去年、看護訓練を行なった21人のYear12の生徒のうちこの制度のもと大学に進学できたのは7人でした。しかし、今年は22人全ての生徒の大学進学が決まりました。今後この制度の人数枠はさらに増える予定です。


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...... 2006年04月01日 の日記 ......実習生について】

ご無沙汰しておりました。パソコンが壊れてしまい、更新できない状態でした。自分がいかにパソコンに依存して生活していたのかを思い知らされた日々でした。

前回、高校生が病院やナーシングホームで看護実習を受けると、大学入試試験なしに進学できる制度を紹介しました。現在、私の働いているナーシングホームにも1か月程前から女の子がこの制度のために実習に来ています。

彼女は週1回8時間、アシスタントナース指導の元、レジデントのお世話を行なっています。初日は食事介助さえためらっていた彼女ですが、今では積極的にいろいろなことに挑戦しています。幸い、彼女はご両親が家で祖父の介護をしていたとき手伝っていたそうで、さほどの苦労やショックを受けることなく実習を楽しんでいるようです。

彼女によると、1年間ナーシングホームで実習後、病院実習に移るそうです。

彼女はTEEを受けて大学進学することも検討したようです。しかし、試験の際に緊張して自分の力を100%発揮できないかもしれないという不安があり、この制度を利用することにしたそうです。

彼女を見ていたら、私が高校生時代に参加した看護の1日体験を思い出しました。限られた時間でしたので、患者さんとふれ合い、実際の看護を体験するのではなく、看護師さんの話を聞くだけでした。その体験の中で唯一覚えているのは、あこがれの看護師のユニホームが着れて嬉しかったと言うことだけ。看護師になりたい、というモチベーションを保つのには役に立ちましたが、看護の現実を見るのとはほど遠かったです。
私が看護学生時代、同じ学年の学生が何人か自分の看護の理想と現実のギャップを感じ途中で止めていきました。日本にもこのような制度があれば、看護師を目指す学生の手助けになるのではないかと思いました。



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...... 2006年05月15日 の日記 ...... 【長い間ありがとうございました】 

突然ですが、今回で最終回となります。
来週にシンガポールに移住する事になりました。
夫が無事大学を終了し、今度は私が大学へと進学するつもりでしたが、パースでは夫が就職できる仕事があまりにも限られてしまうための決断です。
もちろん、パースで看護師の資格を取得できなかった事は残念ですが、まあ、結婚しているからにはお互い助け合わなければいけない事が多々あり、今回もそのうちの一つと数えています。
ラッキーな事に、シンガポールの共通語は英語なので今までの勉強が無駄にならない事は何よりも救いです。もちろん、シンガポールでも看護師になるべくがんばるつもりです。

始めにひまわりさんからこの日記のお話をいただいた時、私のような英語力のものがこんな事をしてもいいのかと非常に不安でした。その頃は、青のグラマーブック(非常に基本的な英語のテキスト)を必死でやっていたので。しかし、ひまわりさんの励ましのもと、なんとかスタートする事ができました。

この日記のおかげで新聞を読むようになったことが英語力の向上に繋がり、ひまわりさんには非常に感謝しています。始めた当初はまさか自分の英語力がコンバージョンコースに行けるようになるまで伸びるとは思ってもいませんでした。実際、一つの記事を読み、翻訳するのに3〜4時間ほどかかっていましたし、夫と話す時にも辞書を使っているほど、私のボキャブラリーは少ないものでした。

徐々に英語力がつき、ナーシングホームでの仕事が決まった時は非常にうれしかった事を覚えています。もちろん、最初の半年ほどはスタッフやレジデントの英語が理解できず、多くの人に迷惑をかけました。なにせ英語で清拭とシャワーの区別がつかなかったり、古本的な物品の名前(洗面器、尿瓶、下着など)もわからなかったので。しかし、幸運にも親切なスタッフ、レジデントが多く、みんなこんな私にあきれずにいろいろ教えてくれました。いまでは、少しですが英語で正しく悪態をつく事も習いました。もちろん、使っていませんが、、、

仕事の最終日にはスタッフ、レジデントそして家族の人たちから感謝の言葉をいただき、楽しい事だけじゃなく、つらい事もたくさんあったけど3年近く働いて本当に良かったと改めて思いました。

何事も継続すれば何か道が開けてくる、そんな事を学んだパースでの6年間でした。
シンガポールへ行けば、新しい土地、新しい気候、新しい人々に慣れなければいけませんし、道は平坦ではないかもしれません。でも、その先にはいい事が待っていると信じて、とりあえず行ってみます。
将来的には日本人がシンガポールでナースとして働く事を紹介するホームページを作れたらいいなぁ、と考えています。今のところ、情報がなくて困っているので。

最終回という事で、思う事を長々と書いてしまいました。今までおつきあいしてくださったみなさん、ありがとうございました。そして、この日記を私に任せてくださったひまわりさん、本当にありがとうございました。



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...... 2002年11月22日 ...... (この記事は、「パースからこんにちは」に掲載したものです。)

いつもオーストラリアの医療記事を訳して紹介してくださっているミューズさんは、先週、チャンスがあって、キャンサー・ファンデーション(Cancer Foundation)のコテージ・ホスピス(Cottage Hospice)を見学する機会に恵まれたそうです。日本では、緩和ケアの経験はありませんでしたが、常々興味のある分野だったので、とても勉強になったそうです。その時の見学内容を、まとめてくださいました。

【コテージホスピスについて】

場所は緑豊かでとても静かな場所にあります。
ベッド数は26床と数多くはありません。
様々な疾患を持ったターミナル期の患者さんが入院しています。
ケアは2チーム体制で行われており、医師・看護師・理学療法士・作業療法士など、患者さんに関わるスタッフ全てが話し合いをし、治療を進めていきます。

入院期間は平均1週間くらいで、吐き気や疼痛などの症状が改善されると
すぐに退院となります。もし、症状の改善が思わしくなく、長期に渡るケアが必要な場合にはナーシングホームなどに転院となります。

ベッドの回転が速いので患者さんが入院を待つ必要はなく、また、ホスピス側もターミナル期で残された時間の少ない患者さんを待たせる事のないように努めています。現在は、在宅でのケアシステムが充実しており、約70パーセントにおよぶ人が自宅で看取られています。
部屋は全て個室となっており、その中には、家族も一緒に滞在できるようになっている部屋もあります。ベッドは全て全自動式のもので、トイレ、シャワー、タンス、戸棚、テレビなどがそれぞれの部屋に備えつけられています。その他に、礼拝所、テレビがありお茶などが飲める休憩室、絵を描いたり・音楽を聴く患者の活動のための部屋、元食堂(現在はスタッフなどの勉強の部屋として使われている)、スタッフの部屋などで構成されています。このホスピスはかなり充実した介護設備が整えられているそうです。

また、ホスピスの中にはカフェもあります。ホスピスから出ていかなくても、違った雰囲気を感じてもらったり、また、家族や友人が、看病などからしばし解放されて、気分転換してもらうために設置しているそうです。

ホスピスでは在宅でケアを受けている人に対してデイケアも行われています。疾患と常に向き会う生活から気分転換をはかるためです。

しばしば、ホスピス内ではスタッフが企画したイベントが行われています。私が行った時には、移動の動物園が来ていました。患者さん達はとても楽しそうに動物と触れあっていました。

ホスピスとデイケアセンターでは、たくさんのボランティアの方が活動しています。患者さんの話を聞いたり、マッサージ、アロマセラピー、リフレクソロジーなどの代替療法を施したり、他に、デイケアの送迎、カフェの店員などあらゆる方面でボランティアの協力があるとのことでした。

私自身、ホスピスについては、学生の時に勉強して以来でしたが、大変興味深くお話を聞く事ができました。以前、私が日本で働いていた病院の癌のターミナル期の患者は、疼痛のコントロールが比較的難しかったので、「疼痛コントロールはできる」と自信を持ってお話をされた事には、やや驚きました。また、ホスピスはターミナル期の患者さんが死を迎える場所とのイメージがありましたが、ほとんどの方は、自宅でケアされ、死を迎えていることにも驚きました。

短時間の見学でしたが、今まで馴染みのなかった緩和ケアについて、具体的なビジョンを持つことができました。今後は、その方面のケアについても勉強したいと思います。



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【ミューズさんのプロフィール】

日本で3年間看護婦として病院に勤務。
2000年4月ワーキングホリデーとして渡豪。
ナーシングホームで約6ヶ月間ボランティア。
2002年3月からナース・ミュースのAus Dairyを始める。
2003年7月から2006年5月ナーシングホームでアシスタントナースとして働く。
在職中、コンバージョンコースに十分な英語力を取得するが、私的事情で進学せず。
2006年5月シンガポールへ移住。今後も海外でナースになろうと奮闘する予定。

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看護留学@




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