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新しい出発・・・
准看護師(Enrolled Nurse) になる為の勉強を一年半前に始めた時にはとても先が長いようね気がしましたが、あっという間に時が過ぎてしまいました。公立の病院への就職も決まりました。新卒業生の為のプログラムに入る事が出来て本当によかったと思っています。契約書等、諸々の書類の手続きも1月中に終わり、この3月12日から勤め始めます。不安はありますが、新しい事をまた学べるのをとても楽しみにしています。パースで准看護師になろうとは、夢にも思っていなかったことでしたから、私の人生において、全く違った世界での新たな出発といえるかもしれません。
天からの声・・・
シンガポールから息子をパースのカッレジに入れる為に移って来時には、シンガポールで勉強していた経理の勉強を継続して、パースの大学で勉強して公認会計士の資格を取得しようと思っていました。色々な事を勉強するのが趣味のようなものでいつも何か習っていました。英語に始まり、フランス語、中国語などの語学や個人秘書の勉強、日本語教師等色々やりました。申込書を大学に出したのですが、ディプロマの一つ上のアドバンスデイプロマを勉強してからという事で、直ぐには入れませんでした。それでちょっと気落ちして、又英語の勉強をしました。日本にその内戻った時に子供達に英語でも教えようと思い、ケンブリッジの英語を第二外国語として教えるコースに行ったりしました。そんな中ある日、嘘のように聞こえるかもしれませんが、天からの声を聞いたような気がします。「老人を助けなさい、老人の役に立ちなさいと。」
ボランティアからトレーニーシップへ・・・
その当時は、まだ働けるビザではなかったので、何か無いかと思っていると、コミュニテイ新聞にミールズ-オン-ホイール(老人へのおべんとう配達) のボランテイア募集の広告が載っていました。それで、これだと思い直ぐに電話をして問い合わせ、週一回ボランテイアに行くことになりました。それを一年ちょっと続けたでしょうか。他に何か出来ないかと思い模索していると、TAFEの老人介護のコースがある事を知り登録しました。そしてコースが始まるのを待っていました。
今はもう離婚していますが、その頃オーストラリア人の人と再婚をしました。
そんなある日、コミュニテイ新聞を読んでいたら、パース商工会議所が、老人介護のトレーニーシップ(見習い制度) の募集をしていたのです。これは、週一日、トレーニングセンターで授業があり論理を勉強をして、四日間は実際に老人介護の施設で働いて技術を身に付けるというものです。
これだと思い応募しました。試験と面接にも通り、二回目に紹介された老人ホームがホストカンパニイになってくれて私を雇ってくれることになりました。老人介護のサテイフィケイト3というのを勉強し始めました。これはとてもよかったです。今まで、事務系の仕事ばかりしていた私にとっては、実技と論理を一緒に学べて、一石二鳥でした。一年間、楽しく働きながら勉強するという有意義な時を過ごしました。この資格を習得した時点で、私のホストになってくれた老人ホームのマネージャーが、そのまま働かないかというので、願ったりもないことだと思いそのまま働く事にしました。
Certificatre 4 からENのトレーニングへ・・・
この資格を取り、暫く働く内に私の悪い癖というか、勉強したがり虫がまた顔だしてきました。もっと老人介護に対する知識を増やしたいと思い、一段回上のサテイフィケイト4の老人介護というのを勉強することにしました。
サテイフィケイト3というのは、実際に自分自身が直接老人の日常の世話をする事を主体としてコースがなりたっていますが、サテイフィケイト4というのは、施設の管理、簡単な予算の立て方や寄付申請の仕方等、マネジメント的な立場から色々な事が円滑にいくようにしてする事を勉強します。
グループで計画を立てて発表したり、活動したりする事も多々ありました。実際に娯楽の催しを計画して準備し、グループのメンバーの働いている老人介護施設で計画した催しをやったりもしました。全然知らない施設で発表するというのは、かなりの勇気がいるものでした。グループのチームワークを学ぶと共に、各々に与えられた責任を着実に果たすことの重要性を学びました。
仕事をしながら勉強していたので、かなり時間的にも制約され結構大変でしたが、新たな経験と知識を得る事が出来てよかったです。
このサテイフィケイト4の6ヵ月のコースを無事に終わり、もう暫くは真面目な勉強はしなくてもいいなあと思っていました。
すると勤め先の会社が、政府の補助をもらって、TAFEカレッジから先生を呼び、自社のトレーニングセンターで准看護師(Enrolled Nurse) のコースを始めるというのです。TAFEカレッジのフルタイムの学生として勉強すると18ヵ月かかるのですが、それを特別にアレンジして、働きながら24ヵ月で勉強して資格が取得出来るというものでした。その上、学費は政府の補助から出るので払う必要はありませんでした。ただ条件として付いていたのは、資格を取得後、2年間は会社の施設で働くというものでした。
看護師不足はどこの国でも深刻のようです。ここ西オーストラリアも例外ではなく、たくさんの看護師をイギリス等の英語圏から輸入しています。老人人口が益々増えるなか、近い将来、老人介護の施設で働く看護師がいなくなると懸念されています。その一つの対策として、経済的な補助をして、老人介護施設にそこで働く看護師を育成させようというわけです。
トレーニングコースをwithdrawal 、そしてTAFEへ・・・
私の勤めていた会社は軽度から重度まで種々な老人介護の施設を西オーストラリアの各地に所有しています。各地の施設に大きな募集のポスターが貼りだされました。適性検査の試験や面接、体力検査もあるという内容でした。
勉強にちょっと疲れていた私は、ただ横目でそのポスターを見ていました。それなのに、同僚達が、どうして応募しないのと口々に言うのでした。その勢いにちょっと押されぎみになり、結局応募することにしました。応募して、途中で試験や面接等で落ちても、一応、応募したのだから同僚達も納得するだろうという安易な考えでした。
ところが、私のそんな思いとは裏腹にあっという間に面接もしないまま最終まで残ってしまいました。そこで決心をせざるをえず、また勉強を始めることになってしまいました。知識は力なりと思っているので、勉強することによって違った面から老人を助けられるのではないかと思いました。
働きながらということなので、特別にコースが編成されていてTAFEでフルタイフで勉強するよりは、一期に取得する単位の数が少なめでした。コースを始めるにあったってという事で、TAFEの担当の先生と話す機会がありました。
その際に勉強と仕事の両立はとても大変だからと助言されたので、仕事の時間数を週4日に減らしました。会社の人事と話す機会もあったので、仕事の時間数や曜日等を調節してくれるように話合いました。その際に会社は色々なサポートを従業員に約束しました。
ところが、コースが実際に始まってみると仕事の時間数が減らなかったり、試験の前の日に夜の10時に終わるシフトにされたり等、約束をのサポートはどこへやらでした。
電話をしたり、手紙をだしたり、マネージャーに話したりして何度もリクエストしましたが、一向に改善されませんでした。コースが始まって6ヵ月過ぎ、5単位を取得したところで、私の不満は頂点にたしました。
そこで、先生を派遺しているTAFEのコースの担当部長に相談に行きました。すると、二期目からTAFEのキャンパスでのフルタイフの学生として移してくれるというのです。そうすれば、今までやった6ヵ月もいれて18ヵ月と、会社でやるよりは早く終われるというのです。自分で授業料を払わないといけないし、Joondalup (ジュンダラップ)まで通わないといけない等、ちょっと大変かなとは思ったのですが、御礼奉公の二年間の契約はなくなるし、もし働きたい病院が見つかったらいつでも行けると思い決心しました。
そこで、ペナルテイ(一期分の授業料)を会社に払い、辞表を施設のマネージャーに提出しました。。ところが、会社がやっているコースから抜ける事は納得してくれたのですが、仕事を辞めるという事にちょっと難色を示しました。そこでマネージャーと話し合い、マネージャーが本社と交渉してくれて、土曜日と日曜日だけ仕事を入れてくれるということで折り合が付ました。
新しい職捜しをしなくてはと思っていたので、する必要がなくなりました。その点では本当によかったです。仕事を協力して一緒にやってくれる同僚もいましたし、施設に入っている老人にも愛着をを感じてもいましたから。
勉強、宿題、実習、土日の仕事・・・
二期目からキャンパスに通うようになって一番大変だったのは、一期目からキャンパスでフルタイムの学生に追い付く為に、8単位(8教科) と驚異的な数をこなそうとした事でした。コース担当部長の先生に出来るからといわれて取ったのですが、実際に授業が始まってから少し後悔しました。
月曜日から金曜日まで毎日学校に通いました。提出するアサイメントは後から後から締め切り日がくるし、試験もあっという間にやってくるし、土曜日、日曜日は仕事もあるしで、驚異的な生活でした。でも、もう始めてしまったから継続するより仕方が無いと思い何とか頑張りきりました。時間さえあれば勉強しているという感じでした。
その後の三期目は残り3単位だけだったので、学校に行く日数も減りましたし、勉強の量もちょっと減ったので楽になりました。
准看護師のコースは、学校で色々な論理を勉強する他に、実際に色々な施設や病院等に実技研修をしにいかなくてはなりません。
一期目は老人介護関連施設です。私は、老人介護の仕事をしていたので、この実習が免除されました。
二期目は、総合病院と精神病院での5週間の実習。三期目は、総合病院の専門分野、精神病院、コミュニテイ(地域のクリニックや家庭訪問) 、そして小児科関連の施設での8週間の実習です。
実習は基本的に月曜日から金曜日の所が多いのですが、中には、土曜日、日曜日に実習をさせる施設もあります。だから、老人介護の仕事の方を有給休暇をとったりしなくてはいけませんでした。私が実習に行った病院の整形外科病棟では、夜勤もやりました。大学や他のTAFEからも生徒が実習に来るので、学生の人数がいっぱいになります。それを振り分けるには、夜勤もやらなくてはいけないということらしいです。
夜勤は、身体を動かすことは減りますが、時間が長いし、体時計を変えるのはとても大変なことでした。実習が全て終わった時には、本当にほっとしました。
就職活動、新しいキャリアに向かって・・・
新卒のENやRNには、グラデュエートプログラムというのが人気があります。これは、実際に臨床で働くのですが、その他に勉強の日が設けられていて、色々な事を勉強します。勿論、勉強の日も仕事の日なので、お金がもらえます。その他、それぞれの病棟にサポートをしてくれる先輩の看護師がいます。だから、何かわからない事や困った事があれば、いつでも相談にのってくれます。
普通、6ヵ月毎に病棟を移ります。移った最初の一週間は見習いとして、いつも働いている看護師と一緒に仕事をします。これは、学校で勉強して出てきたばかりの看護師にとっては大きな助けであり、魅力でもあります。それぞれの病院によってこのプログラムの期間は違いますが、普通は一年の所が多いようです。私が就職が決まっている公立の病院では、二年のプログラムです。でも、12ヵ月目と18ヵ月目でプログラムからでることもできます。
求人の広告は、インターネットでそれぞれの病院のウエブサイトで調べる事もできますし、学校の掲示板にも張り出されます。後は、毎週土曜日のウエストオーストラリア新聞の病院、医療関係の欄に公立、私立等ほとんどの施設が求人広告を必ず載せます。
私は、新聞広告を見て応募しました。その病院によって応募方法が違いますが、最近は、インターネットで応募するのが多いようです。公立の病院への応募は、一括して応募書類を受け付けるセンターがあるので、そこへ指示に従って応募します。基本的にはインターネットで全ての書類を送ります。履歴書の他にここでは、セレクションクライテリアというのを提出させられます。これは、何項目かの色々な質問があり、それに応えるべく自分の病院実習の体験を踏まえて短いエッセイを書きます。
応募の後、書類選考がまずあります。それに通ると面接です。セレクションクライテリアの質問のいくつかが、面接に行った時の質問項目になります。
私が面接に行った時には、実際に面接に入る前に30分の時間を与えられ、この質問項目に対してその場で短いエッセイを書かせられました。同じ質問ですが、応募書類に出したのと同じ体験談や例は使えないので大変です。
その書いた物を持って面接にのぞみます。面接の質問はその中からなので、覚える必要はなく自分が書いた物を見ても別にかまいません。面接をする人は二人で、一人が質問し、もう一人が私が応える事を記入していくというかたちでした。面接はいつも緊張しますが、担当の人は、リラックスした環境をつくりだそうとしていたように思います。
諦めずに目標に向かって進むこと・・・
18ヵ月間、色々な事を学校で勉強しましたし、実習にいって色々な事を体験したり学びました。終わってみて思ったことは、私が勉強したのは、医療のほんの一部の表面だけだということです。ですから、グラジュエイトプログラムに入って、違った病棟でまた新たな事を学び習得することが出来るのをとても楽しみにしています。
医療は、いつも進歩しているから、その中に実際に入り、学ぶ機会を与えられた事を本当に嬉しく思っています。
看護師のコースの内容も州や政府の方針によって割と頻繁に変わるようですし、必修する単位がどんどん増えていくように思います。医療自体が進歩しているので無理もないことだと思います。
膨大な量の勉強を第二外国語である英語で勉強するのでとても大変だと思います。ましてや日本語でも難しい医療用語ですから、英語を英語として理解していくことが大切だと思います。一つ一つ日本語に訳していたのでは、とてもおいつかないと思います。
幸いな事に私は、今はもう英語は英語として理解するようになりました。だから、日本語で何というかときかれても戸惑ってしまいます。アドバイスというような大きな事は言えませんが、なんでも諦めずに目標を持って頑張っていたら、何事も出来ない事は無いと信じています。
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