Am I Man Enough to Be a
Nurse?
正直言って、ひまわりさんの方からCare for Nursesに僕の記事を載せていただけるかもしれないというお話をいただいてはじめて、パースに移住した時から今までを振り返るような気がします。
Am I man enough to be a
Nurse? というタイトルは、オレゴン州(US)が2002年にジェンダーアンバランスを打開しようとはじめたキャンペーンのキャッチフレーズ“ARE YOU MAN ENOUGH TO BE A NURSE?”をもじってつけたタイトルです。
ここに書いた事が、これからオーストラリアで看護師の勉強をしようと志している方々に、少しでも参考になればいいと思います。
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1. 看護学部に入学するまで
1.1 35歳からの再出発
パースに移住してきた日から看護学部に入学するまでの期間は、実際約3年でした。しかしながら、移住してきた先から「ナースになりたい」と思っていた訳ではありませんでした。
なんとなくぼんやり思っていた事は、医療系の職種につけるように、いちから勉強してみようと思い、大学入学試験(TEE:Tertiary Entrance Examinationの略で日本のセンター試験のようなもの)対策コースのあるTuart Senior Collegeという学校に通うことにしました。
この時僕は、永住ビザの発行待ちということで、ブリッジングビザで生活をしていました。また、この時点で日本の大学で取得した商学士の資格でなんらかの学部にすぐに編入できたのですが、以下二つの理由で、「急がば回れ」的な策をとる事にしました。
その二つの理由とは「英語力がどう考えても弱い」そして「ブリッジングビザでは、留学生という形でしか大学に入れない、そうなると学費が何十倍もかかってしまう」という理由です。
日本で35歳というと、「勉強なんかしてないで、仕事!仕事!」の世代ですが、オーストラリアというお国柄かどうかわかりませんが、妻や妻の家族などから「がんばって!」と心からサポートしてくれたり、また、学校で知り合いになった友人(ほとんどが年下で、「干支」が一緒の生徒もいたかもしれません。)は、相手が何歳であろうと気にせず距離感なく話してくれたので、10代、20代の異世代と肩を並べて勉強していても違和感を覚えずに落ち着いて勉強し、TEEを無事終えました。
1.2 オーストラリア学生の年齢層
「年齢層」といっても統計資料を見たわけじゃなく、僕が通っていた学校の学生達をみて感じたことなんですが、通っていたTuart College、また今通っているCurtin大学は、僕と同じように30代、または40代で、大学入試や大学で思い思いの勉強をしている学生が国籍に限らず多く、(もちろん、現役の10代20代の学生の割合の方がはるかに多いのですが)日本の学生の年齢層と比べ幅広いのが特徴です(ただし最近の日本の大学事情が、僕の通っていた時と同じであればの話ですが)。日本では「大学のキャンパスは、10代20代のもの」だとなんとなく思いますよね。(僕だけでしょうか?)
どうして「オーストラリアはこんな風に、年齢を問わず幅広い年代の学生がいるんだろう?」と思い、自分なりの結論に達したのは、大学で履修している心理学の延長線上の授業「Lifespan Development」で使っているBergerの本を読んだ最近の事です。横道にそれてしまうので、このことはまた後ほどのべる事にします。
ここオーストラリア(東側の事情がわかりませんので少なくともパースでは)では、何歳になっても個人が学びたい限り、それを受け入れる体制が大学や様々な教育機関に備わっていると思います。
1.3 クリスマスプレゼント?!
こちらの入試は11月。試験の結果は12月25日頃「クリスマスプレゼント」と同じ時期に通知、またはインターネットで検索できます。
試験の結果と各大学の学部のパーセンタイル(偏差値のようなもの)が書かれているリストを比べて、いけそうな学部に直接申請します。幸運にも、英語のレベルも大学で勉強できる水準まで達し、他の教科もなかなかのできばえで、パース周辺にある五つの大学の中、僕のTEEの採点結果によって行ける学部はたくさんありました。(封筒を開けるときのあのすごい緊張感は今でも忘れません。)
その年TEEをうけた半分以上が大学に行けなかったのだという新聞の記事を見て「よかった…」と胸をなでおろした記憶があります。
なんだかものすごく心臓に悪いクリスマスプレゼントだったような気がします。
1.4 なぜ看護学部?
TEEの僕が選んだ受験科目のひとつだったHuman Biologyを勉強しているときに「人間の体ってなんてすごいんだろう!!」と単純に思ったのが、看護学部を選んだ第1の理由でした。医療系の学部は、医学部からPhysio、Occupational Therapy、Nursing(看護学)、Medical Science…とたくさんある中で、自分のそのときのレベルと就職率を考えてみたところNursingが最適と考えたからです。
余談ですが、車で走っていると時々“We Can’t Live Without
Nurses”というキャンペーンステッカーをつけた車を見ます。それを見るたび、やっぱりNurseという職業はここオーストラリアでも大切な職業のひとつだと思いながら、看護学部に通う毎日です。
このように、僕が看護学部を選んだきっかけは、ドラマチックなエピソードはなく、入学前にあった「ナース」というプロフェッショナルと「自分自身」のイメージの隔たりが徐々になくなってきたのは、大学に入って看護の勉強をはじめてからの事でした。
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2. 看護師への想い
2.1 医療スタッフの一角?
大学に入る前までは、看護師というのは単に「医療スタッフの中の一角」と漠然と思っていました。公務員として働いている時にも、市立病院で働く看護師の方々との交流はあったものの、看護師という職業についてよく考える事はしませんでしたし、やはりその時も漠然と「もっと市長は給料出せばいいのに…」とか「大変な仕事だな…」と半分他人事のように思っているだけでした。
しかし、興味のあった病理学や人体科学の分野を勉強しただけでは看護師という職業にはなれず(あたりまえですが)、「看護」というものをもっと深く見つめなければいけないと大学の授業の講義で教えられ、単純に思っていた看護師への思いは崩れ、新しい看護師への思いが自分の中に芽生え、また次第に心の中では、自分が看護師としてやっていくイメージが大学入学後に形をなしてきました。
2.2 Care & Cure
例えば簡単な例で、お腹が痛いという患者に対して医師が処方した薬を看護師が、時間がきたらのませればいいということではなく(それも大切ですが)、看護師はその患者のそれまでの生活や習慣など全体的に患者を診て、健康状態を評価し、常に最適なCareをすることで、長期的な健康維持をもたらす(Cure)など、今まで医療の素人だった僕にとってはかけがえのない知識を習得している気持ちになりました。
2.3 自分自身への想い
看護師は、あらゆる医療スタッフの中でもっと患者と接している時間が多い(どの講義でこの事に触れたか忘れてしまいましたが…)事から、患者にとって最も信頼されなくてはならない職種である事も知りました。
余談ですが、約1ヶ月前、夕方のニュースで「一番信頼できる職業は?」という街頭調査のようなもので1位が看護師だったのを見て「へえ!」と思った事があります。
看護師は、“誰からも信頼されなければならない”、また日々発達する現代医療に対して“常に謙虚で学ぶ気持ちを忘れてはいけない”人々だと思います。大学卒業までになんとかそのレベルまで自分を持っていくことが今の目標といえます。
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3. 大学生活
3.1 時間に余裕はないけど…
日本で経験した大学生活とは違い、こちらで始まった僕の大学生活はキャンパスの豊かな木々や緑を楽しんでいる間もなく過ぎて行きます。アサインメントや小テストに追われる毎日で、Student Guild(学生組合)が運営するスポーツクラブや文化クラブなどに参加している余裕は残念ながら僕にはないようです。僕の年令でユニットを落として半年余分に大学へ行かなければいけないとなると、どんどん「年寄り」になってしまう気がするからです。
でも、仲良くしてくれているローカル学生や留学生たちは「どんな調子?」とか「なんか困った事あったら聞いてよ。」とか声かけてくれるので、時間には余裕はありませんが、そんな言葉のおかげで気持ちに余裕をもって勉強に励むことができます。
3.2 ローカル看護学生
ぼくは、実質ローカル学生として大学に登録されていますが、みかけも言葉づかいもどう見ても「留学生」。そんな留学生を同じ学部のローカル学生たちは、比較的対等でしかも留学生の帰属する文化や風習を尊重してくれます。最もこの「尊重」の気持ちは、医療プロフェッショナルを目指す人間にとっては必要不可欠な事ですが、それが周りの(僕の知る限りの)看護学生にはすでに備わっていて、宗教の違いや、肌の色の違いなど、その違いを個性として受け止め尊重するという事が自然にできているように思えます。このことは、看護学部を目指して日本からたった独り渡豪される方々の大きな心の支えになると思います。また、看護学部だけでなく、他の学部のオーストラリア人学生たちもMulticulturalism(異文化共存主義)で育った世代ですから、同じように留学生を受け入れてくれると信じています。
3.3 看護学部の施設
看護学部の建物の中には、端末機とプリンターを備えた看護学生専用のコンピュータラボがあります。そこには、パスワードにより他の学部の学生は入れないようになっているため、ほとんど待たずにコンピュータを利用することができます。ただし、アサインメントが近くなると、さすがに満員になりますが…
学部内には、約300人収容の講義室や、ベッドや医療器具の備わったチュートリアル室が約8〜10部屋(ちゃんと数えた事がありません)。またNursing Common Roomとして、ロッカーや談笑用のテーブル、イス、電子レンジ、冷蔵庫、流し台、自動販売機をそなえた部屋もあります。僕の友達は、試験前に徹夜でここに泊まって勉強をしていました。シャワーはないもののトイレ、ソファ、ちょっとしたスナックが買える自販機があるので一晩ぐらい大丈夫かと思いますが…
看護学部必須科目のHuman Biologyの授業(ただし、日本で看護の勉強をしていれば、この科目は免除されると思います。)の半分は、同じサイエンス部のHuman Biology学部の献体の安置されているラボラトリーで行います。この授業では、その部屋に入る生徒はみんな白衣を着なければラボに入れてもらえません。これは、衣服が汚れないようにする事と同時に、献体の尊厳を重視する意味で白衣が義務付けられています。
3.4 学食
「昼、何食べようかな?」といつも悩んでしまいます。僕は、大学の昼時が苦手です。日本で学生生活をしていた時、「今日はカツどんにしよう!」とか「カレーライスかな?」とか「ラーメンでいいや。」など、いとも簡単に昼のメニューが決まりましたが、ここでは、カレーライスやラーメン、ましてやカツどんなんて… 反射的にイメージする昼のメニューがないんです… もちろんホットドッグやタコスなどファーストフードもたくさんあります。「でも、そんなものばかり食べてもいられない!!」と言う本音の裏腹に、週のほとんどの昼は、芝生やベンチでホットドッグをほおばる自分がいます。学食にラーメンとかあったらいいのに… 唯一ポジティブな事は、そのホットドッグはA$2(約80円×2=約160円)と値段がお得だという事だけ… っま安いから良しとしよう。
しかしたら他の大学の学食にはラーメンとかカレーライスとかがあるのかな?
3.5 Tavern &
Cafeteria
大学のBentleyキャンパス内には、Tavern(酒場)一箇所とカフェテリアが数箇所あります。学食のメニューの不満は、キャンパス内のカフェテリアの「おいしいコーヒー」で解消です。中でも、僕はチョコレートとコーヒーを混ぜたモカをいつも飲んでいます。Tavernでビールを飲んだ事があるのは大学に入る前のオリエンテーションの時に、義理のいとこ(妻のいとこ)にキャンパスを案内してもらったときだけです。学生の中には、プレゼンテーションの前の景気付けにビールを一杯、という学生が中にいるという噂ですが、本当かどうかはわかりません。
3.6 IT時代の大学
今ではどこの国の大学もそうかと思いますが、Curtinにも何百という端末が学生に、図書館やコンピュータラボで開放されています。そのうちのひとつはセキュリティ付で24時間開放されているそうです。学生は個々にIDとパスワードを持ち自分の学部のサイトにアクセスし、そこで授業のスケジュールを選んだり、試験を受けたり、試験結果を見たり出来ます。また、一番便利なのは授業でわからないことを、その教科の掲示板に投書して、誰かに助けてもらう事もできます。よっぽど解らない事は、直接Eメールで教授やチューターなどに尋ねたりする事も可能です。
また、Curtinが加入しているWebCTというデータベースに個々の学生は、IDとパスワードによってアクセスする事によって、学科で必要なジャーナルや、個人的に興味のあるリサーチデータを膨大な量の中なら探す事も出来ます。でも、リサーチというのは、経済的に余裕のある先進国が主に行うようでデータのほとんどは、アメリカ、イギリス、オーストラリア、日本などの裕福な国々から出されたもので、本来医療技術や看護レベルを上げなければならない東南アジアやアフリカ諸国からのオリジナルのリサーチは、本当に少ないようです。
3.7 大学のその他の施設
CurtinのBentleyキャンパスには、Tavern、Cafeteriaや学食の他に、ヘアサロン、書店、コンピュータショップ、美術館、ゲームセンター、ビリヤード場、エアロビクスジム、スポーツショップ、ホッケー場、“必要ないくらいに広い!“芝グラウンドなどがあり、いつも学生でにぎわっています。
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4. 大学の授業
4.1 7つのセメスタ
Curtinの場合、僕のように過去に看護師の勉強をした事の無い学生は、3年半(7セメスタ:Nursing1−Nursing7)という時間がかかります。授業科目のリストは以下のURLを参考にしてください。
西オーストラリアには、他に看護学部を設けている大学はありますが、僕がCurtinを選んだ理由は、バイオロジーの時間に献体を使う(変な理由ですが)という事と、卒業後の肩書きが、Bachelor of Science(Bsc)となるからです。これは、Bachelor of Nursingと比べたときに学究的な違い、例えばPhDを目指すときにスムースにいける…などの違いはありますが、就職のチャンスには何ら違いは無いということです。Bscのデメリットは、半年期間が長いことです。
各セメスタの履修科目
http://nursingandmidwifery.curtin.edu.au/current/outlines/outlinesNsgGeneral.html
4.2 履修科目
僕のように日本で看護師資格を取ったわけではない学生は、履修科目は本当に1からのスタートです。2005年6月現在で3つのセメスタ(以下Sem)を終了し、まだあと4Sem残っています。各Semでは、4科目ずつ履修します。ですから、今まで3Sem×4科目=12科目終了したわけですが、これら全12科目は大きく、人体科学(含薬学)、心理学、看護学、調査能力というカテゴリーに分けられると思います。このカテゴリーに沿って各Sem毎に履修科目が決められています。
4.3 カテゴリーに沿った履修科目
例えば、心理学のカテゴリーにおいては、N1(一年目のSem1)で、Myersという人が書いた本によりフロイトやエリクソンなど心理学の基礎を学び、N2(一年目のSem2)で、Sociocultural Perspectiveという科目(心理学、社会学を混合したような科目?)。また、N3(二年目のSem1)では、Lifespan Development(以下LSD)という人間が生まれてから死ぬまでの、肉体的、認知的、人間関係的な成長と衰退を心理学の見地から学びました。(LSDが今のところ一番面白かった科目です。)
このように、各Semで学ぶ科目は、大きい4つの分類をそれぞれ細かく履修していきます。どの科目も、看護師として患者やスタッフと接するとき、また医療・医学そのものを追究していくための大切な要素だと思います。
4.4 Clinical Placement
Curtinでは、看護学の授業の一環で、Sem1から病院や医療施設にClinical Placementがあります。場所は、一般的な病棟からナーシングホーム、その他コミュニテイー医療施設など各学生がそれぞれの場所に派遣されます。
各Semには、必ずこのClinical Placementがあり、大学で勉強をはじめて、わずか2ヶ月足らずで、この実習に行かなければいけないと聞いたときには正直ビックリしました。
4.4.1 Nursing One
N1では、実習が含まれる科目(N1の場合は、Introduction to Nursing
Practice)の授業の中で、Vital Signsやベッドメーキング、シャワーの方法など基礎的なことを学びましたが、正直な感想は「いきなり現場??」。僕は、それまでオーストラリアの病院には足を踏み入れた事も無く、未開の地でしたので不安は隠しきれませんでした。
各学生は、自分の住んでいる周辺の医療施設に派遣されます。僕の場合は、Hollywood Private Hospitalに行きました。義務付けられていたのは、6日間(一日7時間)、計42時間で、週2回3週に分けていきました。具体的にそこでは、ベッドメーキングと、この病室からあの病室までの患者というように、Observation(測定と記録?)を担当させてもらいVital Signsをたどたどしい手つきでやらせてもらいましたが、患者をシャワーに入れる事は、それ専門の人(Carer)がいたのでこの時はしませんでした。
その病院でのエピソードは今でも忘れません。ぼくの担当した患者のひとりである年配の男性患者は、僕に「日本人か?」と尋ねてきました。“この人、日本に行ったことあるんだな?!!”と思い、「Have you been…?」(彼の血圧を測りながら…)と聞くと、「Yes!!」と大きくうなずきました。そのとき僕は心の中で“南半球の孤立した街の病院で、日本という言葉を耳にするなんて!!”と思い僕はすかさず“どこに? 何しに?“と胸を躍らせて聞き返しました。すると彼は、「I was a P.O.W. in Japan at that time.」と言ったのです。POWってPrisoner Of War…そう彼は第2次世界大戦中の日本軍の捕虜だったのです… 当然、戦後の「ちょっと左より?!」の教育を受けてきた僕の世代は、その言葉を聞いて、聴診器で聞こえないふりすら出来ずに「凍りつきました」。
しかし、そのやさしい年配の方は、僕のリアクションを見て「いやいや、ごめんごめん、気にしないでくれ」って、そのあとはお互いに笑って会話は終わり、次の日も、その人は必ず僕に声をかけてくれるようになりました。なんだか世代と国籍を超えた不思議な出会いでした。とにかく、実習に行くと不安や緊張のかわりに思いもよらない出会いや発見があります。
4.4.2 Nursing Two
N2では、Professional Nursing Practiceという科目の中に実習がありました。確か、8日間で合計56時間でした。この実習では、患者の協力を得てその人の診察をする事が大きな目的でした。過去の疾病履歴から、今飲んでいる薬の種類、アレルギー、自己健康管理の考え方などのインタビューからはじめ、Vital Signsを取り、Sinus、Nose、Oropharynx、Cardiac system、Peripheral vessels、Abdomen、Lymph node、Skin Turgorなど触診し、しっかりとドキュメンテーション(記録)が主なタスクです。また、この実習ではPhysical Assessmentの実地試験(これは、試験官の目の前で、試験官が任意にいくつかのassessmentから選んだ2つを患者に対して行い、聴診器の使い方をはじめ、その手順が正確かそうでないか、また患者のケアをしながらそれが出来ているか?)があり、中々やり応えのある実習でした。僕のこの実習の場所は、行くはずのナーシングホームの都合が悪くなり、かわりにCurtinのリサーチセンターのある、Quadriplegic Centre(全身麻痺の患者をケアする施設)という所に行き、そこで協力してくれる患者(そこでは、患者とはいわずにresidents(居住している人)と呼びますが、ちょうどいい日本語が見当たらないので、ここでは患者といいます。)を選び、先ほど記述したようにその患者を頭からつま先まで診察し、患者のHealth Historyを作りました。このHealth HistoryもPhysical Assessmentもひとつ失敗したら単位がもらえなかったので結構厳しい学科でした。
4.4.3 Nursing Three
N3では、6日間の実習がありましたが、このSemは、実習というより研修のようなもので、ほとんど行った先のスタッフを観察して何が為になったかをレポートする事が義務付けられていました。僕は、Bridge House(Salvation ArmyのNGO法人で、アルコールや麻薬中毒のリハビリテーション施設)、また、西オーストラリア大学(以下UWA)付属のChild Study Centre(自閉症の子供を研究し、UWAの心理学部の施設で、表向きは幼稚園のようになっている。)などに行かせてもらいました。どの施設も勉強になりましたが、中でもUWAのChild Study Centreは、自閉症の子供とのコミュニケーションの難しさ、ストレスをかかえたその親の表情など目の当たりにしました。そこで、自閉症児専門に仕事をしているSueには大変お世話になりました。Sueは、自閉症の子供を扱って10年以上になるという事でしたが、自閉症児に対するコミュニケーションのとり方、また自閉症児以上にがんばらなくてはならないその親のカウンセリングの大切さ、いろいろ教えてもらいました。なお、このClinical Placementでは、医療看護そのものの実習は一切ありませんでしたが、患者とその家族サポートという面で勉強になった場所でした。
このSemではもうひとつ、Health Fairというタスクがあり、これもClinical Placementの時間にカウントされます。これは各グループが健康維持につながる事項としてひとつテーマを決め、大学のキャンパスでPRするというものです。僕たちのグループは“ヘルシーフード”をいうテーマを選んで、当日には寿司と緑茶を自作のリーフレットと一緒に学生に配ったり、その食べ物がどんな風に健康なのかを説明したりしました。これは、準備に多くの時間を費やし、当日はあっという間に配るものがはけてしまい、すぐに店じまいとなりました。予算の都合上、そんなにたくさんの寿司やリーフレットが作れなかったためでした。
以上が、今までN1から3までで、経験した実習です。これから、始まるN4ではN3の実習時間の約倍の119時間が義務付けられているようです。参考までに、次のURLで各Semの履修科目が見れます。
http://nursingandmidwifery.curtin.edu.au/current/outlines/outlinesNsgGeneral.html
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4.5 興味深い科目
Lifespan
Developmentという科目。日本語にすると、「成長という観点からみた人間の生涯」? どうやって日本語に訳せばいいんだろ?? うまく訳せないのでもう少し詳しく説明します。授業ではBergerという人の書いた本を使っていました。受精から胎児、幼児、青年、成人、老人、死に至るまでの人間の成長を説明した本で、この教科書は何百ページにもなる厚い本でしたが、読み始めると「人間の成長」がひとつひとつ手にとるように見え、また、自分自身の成長にも照らし合わせたときに同感することが多く、自分の家族や友人をBergerの説明する項目に当てはめることができ、面白い本でした。
4.6 The Developing
Person
The Developing
Personというのは、このLSDの科目で使用したBergerの本ですが、約700ページにも及ぶ本を、読めてしまったのは、僕が英語の読解力がたけているという事ではありません。(読む時間はかなりかかりました)これから、英語で何かを勉強しようという方々も、体験すると思いますが、言語にかかわらず「興味深い」書物は、時間がかかるにせよ、「無理なく、苦も無く」読めてしまいます。ちなみに、他の科目の教科書は中々読むのに苦労しました… Research Foundationなど。
4.7 Ageism
Ageism(英=Agism)は、Bergerの本にでてきた言葉で、Racism(人種差別)やSexism(性差別)など「なんらかの分類によって人を差別する事」の一種で、Ageismの意味は「年齢や世代で、人を差別する事」と自分なりに解釈しています。(僕の「最新!」の電子辞書に意味がのってませんでした、どなたか、Ageismの訳を見つけたら教えてください。)
「看護学部に入学するまで」の中で、ちょっと触れた、オーストラリアの学生の年齢層がなぜ、日本と比べて幅広いのか?という事の答えがここにあるんじゃないかと思いました。(これはあくまでも僕の考えですが…)
Berger(2005)が、「年配の人たちの考える能力の低下は、バイオロジカルな理由だけでなく、社会的な背景が大きな原因のひとつになっている可能性がある。」として、Ageismはそのターゲットになっている人々の能力(特にCognitive)を低下させている可能性があるということを、調査研究の例を挙げながら説明しています。生き生きした年配の方が周りから頭ごなしに「老人扱い」される事によって、その年配の方の考える能力(Cognitive)は余計に低下してしまうという事が記述されています。
つまり、Ageismが日本に比べ認知され、欧米社会をはじめ(Bergerは米人)、オーストラリア社会の“Ageismをなくしたい”という考えの表れが、幅広い年齢層を受け入れるような体制があるということなのではないかと思います。でも、米の大学事情のことはわからないので、なんとも言えませんが。
いずれにしても、僕みたいに30代後半でも「まだまだこれから!」と思っている人間だけじゃなく、これから世界的に押し寄せてくる高齢化社会にとってみたら、Ageismを捨て去る事の出来るオーストラリアの教育体制は非常に「ありがたい」ものだと思います。
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【Ageism(エイジズム)】について (管理人記)
「Elder Abuse Protocol and Intervention Guide」より引用します。
「年齢差別理論(Theory of Ageism)
年齢差別理論(Theory of Ageism) は人間というものは年を取れば、病気がちとか、ひ弱さ、物忘れ、混乱とか依存とか、生産的活動の終焉とか色々と否定的なイメ−ジで見られるということを仮定しております。この先入観というものが、高齢者の傷つきやすい感情を準備し、虐待を準備してしまうと考えられております。またこのことが、高齢者の価値を低くし、たえず変化する高齢者のニ−ズへの関心を薄めていく要因になっているのです。」
URL→ http://www.synergy-work.co.jp/consul/care/abuse/ABUSE.html#nenrei |
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4.8 Tutorial
各科目は、講義とTutorialの2つの形式で授業が進められます。講義では出席をとらないので、みんな出たり出なかったり様々ですが、講義内容に沿って進められるTutorial(最近では、Seminarとも言います)は、ある程度の出席率を上回らないと、最終の試験でパスできなかったときに追試を受けさせてもらえません。このTutorialでは、デイスカッションが主です。またTutorialの中では、僕の苦手だったプレゼンテーションが行われます。あまりの緊張に、僕も大学のTavernでビールを一杯やってからプレゼンしようかと考えた事もありましたが、Sem3を終え何回かプレゼンして、良かったところ、悪かったところ、いろいろ反省しながら繰り返すうちに、今はあまり緊張せずにプレゼンする事ができます。コツを語るほどプレゼンのエキスパートではないのですが、せっかくですから少しだけ「4.9 プレゼンのコツ?!」の中に書いておきました。
ところで、授業や講義をしてくれる教授やチューターたちは、学生の質問に誠実に答えてくれる人たちばかりです。また、クラスによっては、講義をする教授が直接、Tutorialをしますがどのクラスも同じ内容で授業が進められます。僕の場合、前セメスタ(Sem3)でラッキーだった事は、Nursing Bioscienceという科目で、「Wound management」と「Pain management」についてのグループプレゼンテーションでのことです。僕のクラスのチューターは、かなりカジュアルな性格のようで、プレゼンテーションも、各グループのプレゼンの出来栄えの良し悪しに関係なく、クラスの前グループが合格点をもらいました。一方、僕の友達のクラスについては、チューターがきっちりマーキングキーにそって細かく採点されたとの事です。
また、他の科目、例えばPrimary Health Practiceでの僕のクラスのチューターも本当にカジュアルで、プレゼンの際に「緊張するならクラスの前に出なくてもいいよ。」というルールで、プレゼントいうより自分がデイスカッションを仕切っているだけという感覚になりました。反面、友人の他のクラスでの同じプレゼンのアサインメントでは、クラスの前に出てしゃべり、きっちり時間を測られたようです。でも学生がチューターを選ぶ事はできないので、セメスタの始めにいいチューターに恵まれますようにと「祈る」だけです。
4.9 プレゼンのコツ?!
まず最初は、「書いたものを読まない」次に、「上手に言おうとしない」最後に、「クラスのみんなを巻き込む」という3つでしょうか?
書いたものを読むだけで、クラスの人たちはその瞬間から引いてしまいます。また、上手な英語じゃなくてもキーワードさえ押さえておけば伝わります。プレゼンの最大の目的は、上手に英語を話すのではなく、研究した事を「伝える」ことにありますから。最後に、クラスのみんなを巻き込むというのは、こちらから何か質問を投げかけたり、ブレインストーミングにもちこむと、意外にクラスのみんなは「しゃべりたがり屋」だと気づくかもしれません(※この時点で、プレゼンをしている自分は、みのもんたや関口宏のように番組の司会者状態になる)。やっぱり、プレゼンの時は、聴衆を退屈させないことが大切ですよね。僕の場合、退屈している聴衆を前にしゃべると余計に緊張してしまうので、これだけは避けるように毎回プレゼンの趣向を凝らし、クラスをなるべく退屈させないようにしています。
もうひとつ付け加えると、事前に緊張しているときに、「プレゼンが終わったあとのあの開放感!」「爽快感!」が必ずある!!という事を思い出すと意外とプレッシャーがスッと抜けたりします。あとは、僕がよく聞くアドバイスとしては“It’s not gonna kill you”です。
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最後に…
ひまわりさんのおかげで、エッセイ…といっても単純な作文みたくなってしまいましたが… これを書くことにより、今までの自分を振り返ることができました。
これからまだ半分以上の学科が残っていますが、これまで1年半やってこれたんだ!という事実は、“Am I man enough to be a nurse?”の自問自答に、”Of course, Yes!!”と自信を持って答えられます。大学の友人や妻や家族のサポートにも感謝しながら、卒業までがんばりたいと思います。
また書かせていただく機会がありましたら、是非読んでください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 杉山陽一郎
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