オーストラリア大陸はだいぶ早い時期に(だいぶ早い、と言うと何だかだいぶ最近みたいだけど、すごく昔です)ゴンドワナ大陸から離れたこともあって、他の大陸とは動植物の様相がかなり異なっている。有名どころとしては、有袋類のカンガルー、コアラ。植物で言えば百数十種類にのぼるユーカリの木(ちなみにコアラはそのうちのたった6種類しか口にしないそうです)。たぶん鳥や、草木、花、といったものに興味のある人にはたまらなく魅力のある土地ではないでしょうか。
まあ、それはさておき、ここで生活したり、また旅行で訪れた人達にとって興味のあることと言えば、「危ない生き物」だろう。先日、とは言っても4〜5ヶ月前のことだけど、オーストラリア赤十字のマークさんが僕等のクラスにやってきて「オーストラリアの危険生物」のことを話してくれた。実に分かりやすい説明で、聞き手を飽きさせない楽しい授業だった。こういう類の啓蒙の仕方は、ずいぶん研究されてるんじゃないだろうか。シンプルで系統だった内容もともかくだけど、プラグマテッィクな講義方法にも感心した。でも、それからしばらくして来たポリスが話した「セキュリティーについて」の講義はひどいものだった。そんなもんだ。
さて、「オーストラリアの危険生物」。筆頭に上げられるのは、何と言ってもクロコダイル。でも、この講義は予防と救急処置を中心に話を運ぶものだったので、クロコダイルの話しはなし。ワニのいるところには行かない、襲われたらもはや救急処置の出る幕はない、というのが結論。ワニの話を期待していた奴等の、あーあ、と言うがっかりした声を受けて、マークくんは言った。皆さん心配いりません、クロコダイル以外にもすごいのはいっぱいいます。不敵に笑うマークは続けた。以下抜粋。
毒蛇。オーストラリア各地にはたくさんの毒蛇がいるが、パースに限って言えば TIGER SNAKE, DUGILE SNAKE の二種類が要注意。タイガーのほうは赤味がかったボディに黒のストライプ、「虎」の異名はこの姿から来ている。
ドゥガイルは黒い頭を持つヘビ。両方とも、噛まれると、そこがまず腫れる。そして頭痛、嘔吐、意識障害と続き、ほっとけば死ぬ。医療機関には抗毒血清を置いているが、救急処置が肝心だ。噛まれたら、とにかく動かないこと。その場に腰を下ろし、気を落ち着かせる。パニックになれば、心拍数が上がり、それだけ蛇毒が早く体内を駆け巡ることになる。これはとても大事なことだ。同行者も決して慌ててはいけない。最初にやるべき処置としては、バンデージ、つまり包帯だ。噛まれたのなら、その周辺を広範囲に包帯でただ単に巻く。ふくらはぎを噛まれたのなら、太股から足首に及ぶ範囲を巻く。巻くだけでいい。強すぎる必要はない。強すぎると血行障害を来し、後遺症を残す。蛇毒は皮膚の表面、または割と浅い部分に「注入」されているので、ある程度の弾力で巻くだけで充分拡散を防ぐことができる。そして、ここが大事なのだが、決して噛まれた部分を洗ったり、ナイフで切って吸い出したりしてはいけない。それは結果的に蛇毒の吸収を促すことにしかならない。バンデージが終わったらとにかく病院へ。そして血清。予防!ブッシュに行く時は長袖長ズボン(ジーンズがおすすめ)靴下ブーツの装備で。暑くてもサンダルなんてことのないように。
僕が驚いたのは、傷口を切って吸い出してはいけないということ。沖縄のハブ、本土のマムシと、日本にも毒蛇はいる。たとえばハブに噛まれた時の応急処置は、ナイフもしくはカミソリの刃で傷口を切り、とにかく蛇毒を吸い出すことだと習ったし、実際そうしてきた。包帯で巻くだけだなんて、初耳だ。講義が終わって、マーク君をつかまえそのことを話すと、「ああ、実はオーストラリアでもつい最近まで傷口を切って吸い出すことを奨励していたんだ。でもその方法では逆に、蛇毒が血流に乗りやすいことが分かり、この包帯方が採用されたんだ」と語った。うーん、プラグマティックだなあ。
海のものでいえば、まずナマズです。死ぬ事はありませんが、痛い。砂地などに潜んでいることがありますので注意しましょう。どれぐらい痛いかというと、ミツバチ3〜4匹分ですね。痛さの表現には「ミツバチ何匹分」というのが、どうもマークの、というか、オーストラリア赤十字の方針のようで、その後に続けた Stone-Fishの話では、背ビレのトゲに刺されるとなんとミツバチ30匹から40匹分の痛さ。もうそれはそれは痛いです。致死性の毒ではありませんが、あまりの痛みで小さな子供や、心臓に問題のある老人などは命を落とすこともあります。ミツバチに刺されたことのある人には実に説得力のある表現だと思う。僕はかつて小学生の頃かぎ穴に入っていたミツバチをさわって刺されたことがあるが、今でもその痛みを右手の人差し指にありありと思い出すことができる。重く鈍い痛みを放出する何かを皮膚の奥に埋め込まれて、それが終わることなく振動しているような感覚だ。それが30匹!しかも一個所を同時に刺すのだからこれはもうたまらん。海で潜る時は必ずグローブとシューズだ。
ウミヘビ、クラゲ、イモガイ(これはほんとに危険です。20分で死にます)の話も重要だったけど、しかし何と言っても圧巻は Blue-Ringed Octopus (訳すると「青紋ダコ」となるんでしょうか)だ。

こいつは砂浜、岩場どこにでもいる奴で、空缶や空き瓶の中によく隠れているようです。体長は10センチちょっと。ふだんは青縞はなく、白っぽい色をした何の変哲もないタコなのだけどが、びっくりしたり怒ったりすると体中に青い輪っかの模様が浮き出てくるとのことだ。そしてその時噛むのか刺すのか知らないけれど(マークくんは知っているはずだけど、僕が聞き逃しただけです)、こいつにやられても、ちっとも痛くない。だからやられたのに気付かない。そのタコ毒が全身に回っていくと、少しずつ体中の筋肉が麻痺して動けなくなる。そして最後は呼吸筋の麻痺に至り呼吸不全で死ぬ。刺されてから死ぬまで20〜30分てとこ。
もしこのタコのことを全く知らなければ、何が自分の身に起こったのか分からないまま、しかも最後まで意識のあるまま、息ができなくなって死んでいくということになる。これは辛い。痛みを感じることで、生物は危険を察知したり回避したりするわけだけど、この場合は全くそれが無効だ。ミツバチ30匹ももちろん嫌だけど、このじわじわ状況も結構つらいなあ。しかし、知は力です。このタコにやられた人を5時間人工呼吸した末に救った例があるそうです。病院にあるような人工呼吸器じゃないですよ。マウス ・ ト ゥ ・マウス、口対口呼吸法を5時間続けたわけです。5時間。これぐらい経つとタコ毒も人の体内で代謝を受け効き目がなくなってくるんだろう。もし、オーストラリアでそれらしきタコにやられたら、筋麻痺が来て喋られなくなる前に、「かくかくしかじかで私はもうすぐ動けなくなり、息もできなくなります。ほっとけば30分ほどで死んでしまうことになるのですが、数時間ほど人工呼吸をして頂けると大変”助かる”のですが」と、いっしょに遊びに来た恋人、もしくは友人、または、もし一人で海に来ていたのなら、赤の他人にお願いするべきだろう。早めに。 ちなみにそのタコにやられた水道屋のアランさんの例をどうぞ。
海のものを続ければ、次はクラゲがいます。西オーストラリアでいえば、Geraldtonから北には Box Jelly Fish。
そして南には Stingers(Irukandji jellyfish)という、刺されるとひどい痛みを伴うクラゲがいます。
前者は15分から20分で死にます。血清もないようなので、やられたらすぐさま患部を包帯でぐるぐる巻きにして、その上から大量の「酢」で洗うこと。先日図書館で読んだオーストラリアの救急ガイドブックによると、そういうクラゲがいそうな海岸で遊ぶ際や、ダイビングをする時は4リットルの酢を持って行く事を奨励していました。後者、つまり Stinger のほうは致死性ではないけれど相当痛そうです。このクラゲの場合は、刺された場所に「脚」が絡み付いているので、それを一つずつはがし、アイスパックで冷しながら、やはり酢で洗うこと、だそうです。
いずれの場合においても、海で遊ぶ時はあまり無防備な服装じゃあだめだ、ということですね。
さて、陸に戻って、次はサソリ。オーストラリアは基本的に砂漠の大陸なのであちこちにサソリがいます。パースでもたまに見かけます。先日、パースから南西に250キロ下った、 Dunsborough という街の近くのスミスビーチにあるロッジとまった時のことです。そのロッジには広めの寝室にダブルベッドが一つ、それから別の部屋に二段ベッドが二つ置いてありました。僕と妻はダブルベッドに寝てしまえばいいのだけれど、2歳の春樹を独りで二段ベッドに寝かせるのはちょっと心配。下のベッドには柵が付いていないので落ちるんじゃないかという理由です。そこで、上の段のベッドからマットレスを引き摺り下ろし、ベッドとベッドの間に置くと、丁度いい具合のベッドが出来た。結局そこで春樹は一晩寝たのだが、翌朝、そのベッドで僕と起きしなのジャレ遊びをした後、ビーチに散歩に出かけ帰ってくると、シーツの片付けをしていた理江が、ベッドの上のひっくり返したコップを指差している。中を見ると小さなサソリ。春樹が一晩まとい、今朝僕等がじゃれて遊んでいたあのシーツの下から出てきたとのこと。小さいは小さいが、しっぽの先に立派な針を持った薄いピンク色のサソリだった。ぞっとしましたよ。でも別に殺す理由もないのでロッジの裏のブッシュに逃がしてやりましたけど。
サソリに刺されても、大分痛いようですが、死にはしません。良く冷すことが基本です。この場合は包帯はしてはいけない。冷水で良く冷し、あればアイスパックを。
さて、おしまいは、 Red Back Spider 。このクモは日本でもかなり有名になりました。2〜3年前でしょうか、関西空港の近辺で「毒蜘蛛発見!!」のニュースが日本中を飛び交い、恐怖に慄いた関西の人々が、マンホールの裏や、空港の回りのあちこちの隙間を捜すと、いるいる、ってな感じで、結局名古屋、岐阜辺りにまで生息が確認され、「駆除はもはや不可能です」と宣言された、あのセアカゴケグモのことです。だから、このクモはもはやオーストラリアのみの危険生物とは言えなくなりました。残念ながら。
ところで、何故、RED BACK SPIDER がセアカゴケグモと訳されるのか。漢字を当てれば「背赤・後家・蜘蛛」となるんでしょう?背赤はいいとして、どうして後家なのか、さっぱりわからん。誰かお分かりの方いらっしゃいますか。
未確認情報を今、当館の女将から入手。 RED BACK のメスは一回の性交で一生分の受精卵を抱えるそうです。そのあとは、オスいらずで一生涯産卵し続けることができるらしい。つまり、これは「後家」状態ですね。という理由じゃないか。との女将の弁。信憑性はあるなあ。
RED BACK はどこにでもいます。ビールの銘柄にもなっているほど、オージーの間ではポピュラーなクモです。ブッシュにももちろんいますが、住宅地にも多く生息しています。僕が最初に見たのは、今住んでいるこのユニットに越してきた数日後。居間の片隅にクモの巣がありました。アズキを一回り大きくしたぐらいの黒いボディに一筆の真っ赤な線条。きれいなクモです。と言ってられるわけもなく、その時は慌てましたが。それからもだいぶ見かけましたぞ。サンルームの天井の隅、台所の外壁、いやあ、いるいる。駆除はとても無理です。住み分けるしかありません。
このクモにとっては春が活動の季節。人間の活動エリアとだいぶ重なっているけれど、気を付けるポイントがいくつかある。隅っこや、隙間が彼らのエリアなので、それを念頭に置いて、そんな所には無防備に手など入れないこと。おそらくそれに尽きるでしょう。具体的には、郵便受けの中、植木鉢の縁のめくれた内側、外に置きっぱなしにした靴の中、建物の外の通気孔の中、天井や床の隅、二重になったフェンス(オーストラリアでよく見かける)の間、そういったところです。僕もだいぶ気を付ける習慣がつきました。郵便物を取る時にはポストの中に深く手を入れない、植木鉢を持つ時は縁を裏から見る、外に靴を置きっぱなしにしない、いろいろです。今のところ、誰もやられていません。
RED BACK の毒は致死性ではないと言われています。しかし、すごーく痛いので、乳幼児や老人、また何らかの基礎疾患(たとえば心臓疾患や喘息等の呼吸器疾患)を持っている人は、その痛みのせいで発作が誘発されたりして、死亡することがある、と注意が投げかけられています。やられたら「冷す」が基本。冷しながらすぐに病院へ。抗毒血清が準備されていますので、その投与で危機を脱することができます。ちなみに、RED BACK に刺された5歳のアリアンヌちゃんの記事をどうぞ。
オーストラリア赤十字のマーク君の講義では、危険生物の紹介がこの後もちょこちょこ続いていたが、まあ、上に挙げたのが有名どころだろう。予防は、いわゆるTPOに適したもので皮膚を覆う、につきますね。ブッシュを歩く時、海で潜る時、それぞれです。そして、救急処置ですが、あれはこう、これはこう、なんて覚えると、とてもじゃないがきりがない。そこで、簡単な記憶方として、致死性の毒にやられたら包帯を巻く、死なない奴にやられた場合は冷す(アイシング)、と覚えるのが簡潔でいいでしょう。余裕があれば、クラゲは「酢」に限るぜ、と記憶に追加して下さい。でも、ワニに噛まれても駄目ですよ。
ところで、当館の女将からの危険情報の追加です。ロスリバーウイルス、これも恐い。見えないしね。
さあ、そこの君、予防と救急処置を覚えたら、さっそくオーストラリア旅行だ!