1.島根県隠岐郡西郷町岬町字高井

「望波亭」発祥の地

隠岐は美しい島だ。

ぼくらの住んでいたのは隠岐之島の西郷町。島前(どうぜん)島後(どうご)と四島ある隠岐の中でも最大の島だ。その島後の交通の要所・西郷港は、蟹の爪のような形の西郷湾の中にある。ぼくらが住んでいた岬町は、西郷湾の深い入り江を西から見下ろす場所にあった。高井はその中でも、もっとも水に近い場所にあった。どんずまりの道路一本隔てた小さな堤防のすぐ下に、西郷湾の波が打ち寄せていた。朝も昼も夜も、春も夏も秋も冬も。

朝夕の定期船が汽笛を上げ、西郷湾を横切る。夏の明るい日射し、冬の濃霧。二階の窓からそれを眺め、ぼくらは季節の移ろいを肌で感じていた。

隠岐は人に恵まれた場所でもあった。ぼくらはそこでたくさんの人と知り合いになり、たくさんの時間を一緒に過ごした。素晴らしい人たち、素晴らしい隠岐。

隠岐で生まれた息子にとって、遠い隠岐は故郷だ。息子だけでなく、ぼくも妻も、隠岐は第二の故郷だ。

2.西オーストラリア州パース

オーストラリアの「望波亭」

パースには1996年の12月にやってきた。ぼくと妻、そして生後9ヶ月の息子を連れての移住だ。妻はすでに永住権を持って生活していた実績があるから「帰ってきた」という印象だったようだが、ぼくにとっては何もかも初めての、まったくの「異国」である。少しばかり話せる英語も、オーストラリア人の訛りの前にはまったく効果なく、途方に暮れるとはいかないまでも、いくらかフラストレーションを抱えての出発だった。

新しい住処は、サウスパースの近くのコリーリバー沿いのユニットの一角だった。一つのブロックに一階二階合わせて4世帯が住んでいるアパートだ。ぼくらはその一階に住み始めた。そこは妻がオーストラリアに住んでいるときに手に入れたものだった。裏のサンルームの窓から、道向かいの家々の屋根越しに、コリーリバーが見える。夏の午後などはシーブリーズに吹かれ、川の水面が波打つのが見える。ここもまた「望波亭」と呼ぶにふさわしい住処だった。

それから一年ばかり移民相手の語学学校に通い、いろんな国からきた移民たちと知り合いになった。それと同時に、妻の友人たちとの交流を通じ、ぼくは徐々にオーストラリアに溶け込んでいった。

そして息子。移住から3年目の夏から、息子は地元の幼稚園に通い始めた。家の中では日本語だけしか話していないから、彼にとって幼稚園は青天の霹靂的異文化体験だった。初めのころ、息子は送ってきたぼくや妻を幼稚園から帰そうとせず、ずっとそばから離れなかった。たまに帰れたときも、幼稚園から電話がかかり呼び出されることも珍しくなかった。溜め息つきつつ息子を迎えに行ったこともある。いまではもう、笑い話の範疇だが。

上の娘は、パースで生まれた。彼女がはじめて住んだのは、パースの望波亭だ。

ぼくの二回目の南極行きのために、しばらく日本に帰ったこともあったが、そこはまぎれもなく、ぼくら家族のオーストラリアでの出発点だった。隣のバーンおばあちゃん、二階の韓国人一家。いまでも付き合いのある人たちだ。

たくさんの思い出が、あの望波亭とともにいまもある。

3.西オーストラリア州バンバリー

丘の上の「望波亭」

バンバリーに越してきたのは2001年の1月。まさしくぼくらは21世紀をここで迎えたことになる。

引っ越しのときは、パースの友人たちにものすごく助けてもらった。荷出しから、レンタトラックでの配送、そして現地での荷運びまで、そのときのことを思い出すと、いまでも感謝の気持ちでいっぱいだ。

丘の上に立つ二階建ての家。そこのベランダからは、バンバリーの街がまさに一望できた。街の頭越しにはクンバナ・ベイも見え、そこもまた「波を望む」ことのできる家だった。この景色はきっとバンバリーの中でも一等のもので、「まるで王様の眺めだ」というのが、ぼくらの口癖であった。

隣は以前からの友人であるパワー(という名字なのです)ファミリー。そこのフィルとピータには何かにつけてお世話になった。「なった」というのは間違いで、いまでもずっと世話になりつづけだ。未熟なぼくら家族は、ほんとにどれだけの人たちに助けてもらっていることか。

この家は残念ながら一年で引っ越すことになった。上の娘が「天使の家」と称した素敵な家だったが、いろんな事情でそうなってしまった。

3.西オーストラリア州バンバリー

現在の「望波亭」

2002年、先の望波亭からほんの2ブロック離れた場所に、新しい家を借りた。ここもまた丘に立つ家で、先の家には劣るものの、ベランダからの眺めは秀逸だ。遠くクンバナ・ベイに立つ波が、ちらりちらりと見える。またしても「望波亭」と呼ぶにふさわしい場所。

家は丘の斜面に立っていて、裏庭も段々になっている。その一番高いところに、ぼくは息子と娘のリクエストで、カビーハウスを建てた。子供の遊びのための小さな家だ。どうせならとカビーハウスの上には屋上も造り、そこからの眺めはまたひときわ素晴らしい。

下の娘はバンバリーで生まれた。彼女にとっての初めての家、それがここだ。

気が付くと、2005年11月のいま、息子は小学4年生だし、上の娘は2年生。そして三番目の子はもうそろそろ2歳だ。

この家は、そんなぼくらを包み、見守ってくれている。

さあ、次の住処はいったいどんな「望波亭」になるんだろうか。もちろん、どこへ行こうと、ぼくら家族はいつもいっしょだけども。